AI活用
ホーチミン日系企業のAI活用実態|チャット止まりの先にあるもの

この記事の要点
- ホーチミンで「にいろ式ホーチミンAI活用会」を2026年7月から9月中旬までに計6回開催し、累計45名・38社の日系企業にご参加いただきました。
- アンケートの結果、ほとんどの参加者の活用はチャット画面の中で完結しており、用途は「翻訳」と「調査」にほぼ限られていました。エージェントで業務を自動化している企業はごく少数です。
- 利用ツールはClaude・ChatGPT・Geminiがおおよそ3分の1ずつですが、Geminiの多くはGoogle Workspaceに付いてくる範囲での利用で、有料プランを契約していませんでした。
- 最も汎用性が高い伸びしろは、ZaloやGmailに自然文で届くスタッフからの報告を、自動で収集して集約することです。実際に参加者ご自身が実装した例もあります。
- 会で最も反応が良いのは、AIの理屈やニュースではなく「動くもの」でした。とくにIT業界以外の方が自分で作ったものを見せたときの反応が際立っていました。
株式会社QuickBuildは、ベトナム・ホーチミンで「にいろ式ホーチミンAI活用会」を運営しています。2026年7月末の第1回から9月中旬までに計6回を開催し、累計40名・30社台後半の企業にご参加いただきました。参加者はすべて日本人で、ホーチミンに駐在されている方が中心です。
会の運営を通じて、参加者の皆さまにAIの活用状況をアンケートで伺ってきました。そこから見えてきた結論を先に書きます。ホーチミンの日系企業のAI活用は、まだほとんど始まっていません。裏を返せば、伸びしろしかない状態です。この記事では、何がどこまで進んでいて、どこが手つかずなのかを、現地の具体例とあわせて整理します。
何を、誰に聞いたのか
本記事の数値は、活用会の参加者に実施したアンケートに基づいています。計6回の内訳は、定例会が3回、少人数のワークショップが3回です。母数は延べ40名・30社台後半であり、統計調査と呼べる規模ではありません。ただし、ホーチミンの日系企業に絞って、経営層や駐在員から直接聞き取った一次情報です。
参加企業の業種構成は、おおよそ次のとおりです。
| 業種 | おおよその比率 |
|---|---|
| 工業(製造業) | 約5割 |
| IT | 約2割 |
| その他 | 約2割 |
| サービス業 | 約1割 |
製造業が半数を占めるこの構成は、ホーチミンおよび周辺省の日系企業の実態と大きくは離れていないはずです。以下の内容は、この構成を前提にお読みください。
実態1: 用途が「翻訳」と「調査」でほぼ終わっている
最も印象的だったのは、活用の深さがほぼ一様だったことです。ほとんどの参加者の使い方は、チャット画面を開いて質問を打ち込む形にとどまっていました。そしてその用途は、ほぼ二つに集約されます。翻訳と、調べものです。
ベトナム語のメールを日本語にする。日本語の通達をベトナム語にする。現地の法令や制度について概要を調べる。これらは確かに役に立っていますし、導入の第一歩としては自然です。問題は、そこから先に進んでいる企業が驚くほど少ないことです。
AIに手順を渡して業務を最後まで走らせる、いわゆるエージェントによる自動化に着手している企業は、ごく少数でした。日次の集計、報告の転記、定型書類の作成といった、毎日発生していて誰かの時間を確実に奪っている作業が、ほぼそのまま人手で回っています。つまり、多くの企業にとってAIはまだ「賢い辞書」であって、「働く仕組み」にはなっていません。
実態2: Claude・ChatGPT・Geminiが3分の1ずつ、ただし
利用しているAIの種類は、きれいに分かれました。
| 利用ツール | おおよその比率 |
|---|---|
| Claude | 約3分の1 |
| ChatGPT | 約3分の1 |
| Gemini | 約3分の1 |
一見すると、市場が三分されているように読めます。ただし、Geminiと回答された方に詳しく伺うと、事情が違いました。その多くは有料のAIプランを契約しているわけではなく、すでに社内で導入済みのGoogle Workspaceに付いてくる範囲でチャットを使っている、という状態だったのです。
これは重要な区別です。追加の支出を伴わない範囲で試している段階と、費用を払ってでも業務に組み込むと決めた段階では、企業としての本気度がまったく違います。前者は「たまたま目の前にあったから使っている」に近く、業務設計の見直しにはつながりにくい。つまりツールの選定以前に、AIに予算をつけるかどうかの意思決定が、まだ1/3の企業で行われていないということです。
実態3: 業種による差がはっきり出ている
AI企業やデザイン系の企業は、相対的に進んでいました。これは業務そのものがデジタル上で完結していること、そして成果物と作業量の対応が見えやすいことが理由でしょう。エンジニアのコーディング業務であれば、どれだけの量をどれだけの時間で書いたかを把握しやすく、AIを入れた効果も測りやすい。一般事務も同様です。
一方で、それ以外の業種では、ほぼ手つかずと言って差し支えない水準でした。製造業を含め、多くの企業でAIは個人が試している段階にとどまり、組織の業務プロセスには入っていません。
ここで注意したいのは、この差が「業種としてAIに向いていない」ことを意味しないという点です。デジタル上で完結していない業務ほど、実は人手で埋めている隙間が大きい。次の章で述べるとおり、そこにこそ最大の伸びしろがあります。
伸びしろの本丸は、ZaloとGmailに埋もれている報告
報告は自然文で届き、人が読んで転記している
ベトナムの現場で日常的に起きているのは、次のような流れです。スタッフから、Zaloのチャットやメールで報告が届く。今日の生産数、設備の状況、現場の写真、客先での出来事。それらは決まった書式ではなく、自然な文章と画像で送られてきます。受け取った日本人管理者が目を通し、必要な情報を抜き出して、表計算ソフトや日報にまとめ直す。
この「読んで、抜き出して、転記する」という工程が、毎日、複数人分、発生しています。そしてこれは、これまでのシステム化が最も苦手としてきた領域でした。書式が決まっていない自然文だからです。ところが、自然文を読んで意味を取り出すことは、まさに現在のAIが最も得意とする作業です。
ZaloやGmailに届く報告を自動で収集し、内容を解釈して、ダッシュボードや共有フォルダに集約する。この仕組みは、業種をほとんど選びません。製造業でも、商社でも、サービス業でも、「現地スタッフから自然文で報告が上がってくる」という構造は共通しているからです。ホーチミンの日系企業における最も汎用性の高い伸びしろは、ここにあると考えています。
参加者が自分で実装した例
これは机上の話ではありません。活用会の参加者のうち、製造業に携わっている方が、Zaloに届くメッセージと画像を毎日自動で収集し、フォルダに整理して保存する仕組みをご自身で実装されました。そして、それが実際に動いたことに感動されていました。
注目していただきたいのは、この方がIT企業の所属ではないという点です。自分の手元で毎日起きている面倒を、自分で理解し、自分で自動化された。規模は小さくても、これは組織のAI活用としては大きな一歩です。なぜなら、何を自動化すべきかを最もよく知っているのは、その作業を毎日している本人だからです。
営業の進捗管理だけは、Zaloの構造上むずかしい
一方で、正直に書いておくべき難所もあります。営業活動の管理です。
ベトナムでは、営業担当者が個人のZaloアカウントで顧客とつながることが一般的です。商談の経緯も、見積もりのやり取りも、担当者個人のチャットの中で進みます。この状態では、会社として進捗や顧客情報を機械的に収集し、管理することが非常に困難です。事務作業やエンジニアのコーディングのように定量化しやすい業務とは、性質が大きく異なります。
解決策がないわけではありません。Zaloのオフィシャルアカウントを使えば、会社として会話を管理できるようになります。ただしこれには副作用があります。顧客から見たときの印象が、個人からの連絡から企業アカウントからの連絡へと変わってしまうのです。距離の近さが強みになっている営業スタイルでは、これは無視できない代償です。
そのため現時点での現実解は、営業のやり方そのものを置き換えるのではなく、既存の業務フローの横から情報を集める設計にすることだと考えています。顧客から見える景色は変えずに、社内側で集約する。前述のZalo報告の自動収集も、この考え方の延長線上にあります。
翻訳に価値を置きすぎない
海外拠点のAI活用というと、まず言語の壁の解消が挙げられがちです。しかしホーチミンの現場で伺った限り、コミュニケーションの問題はそれほど大きな課題になっていませんでした。
理由は二つあります。一つは、すでに通訳や日本語対応可能なスタッフを抱えている企業が多いこと。もう一つは、仮にいなくても、チャットベースのやり取りであれば解決手段がいくらでもあることです。つまり、翻訳という機能は、AIが登場する前からある程度満たされていた需要でした。
だからこそ、翻訳をAI導入の中心に据えても、投資に見合う効果を感じにくい。翻訳は入り口としては優秀ですが、そこを目的地にすると「便利だが、それだけ」で止まります。本当に効くのは、これまで誰も自動化できていなかった転記と集約の工程です。
人を動かすのは、理屈ではなく動くもの
6回の運営を通じて、会の進め方についても確信を持てたことがあります。参加者の反応が最も良いのは、動くアプリケーションを実際に見せたときだということです。
AIの仕組みの解説や、最新モデルのニュースの共有は、情報としては歓迎されます。しかし、それを聞いた方が翌日から何かを変えるかというと、そうはなりません。目の前で何かが動いているところを見たときにだけ、「これは自分の会社でもできるのではないか」という実感が生まれます。
たとえばある回では、ベトナム人スタッフのモニターの状況を確認するアプリケーションを取り上げました。派手な技術を使っているわけではありませんが、自社の管理業務にそのまま重なるため、参加者が具体的に想像できるのです。
そして最も反応が良かったのは、IT業界以外の方が自分で作ったものを発表したときでした。作った本人が専門家でないことが分かると、聞いている側の受け止め方が変わります。すごい人がすごいものを作った話ではなく、自分と同じ立場の人ができた話になるからです。自分ごとになった瞬間に、初めて次の行動につながります。
経営層が、まず手をつけるべきこと
ここまでの内容を踏まえ、ホーチミンに駐在されている経営層の方が現実的に着手できる順序を挙げます。
- 毎日発生している転記作業を一つ特定する。Zaloやメールで届く報告を、誰かが読んで別の場所に書き写している工程を探してください。それが最も費用対効果の高い自動化候補です。
- 有料プランを契約する。Google Workspace付帯の範囲で試している段階では、業務に組み込む判断は下せません。まずは意思決定として予算をつけることが出発点になります。
- 現場の担当者自身に触らせる。何を自動化すべきかを最もよく知っているのは、その作業を毎日している本人です。外部に丸ごと発注する前に、本人が小さく試せる環境を作ってください。
- 小さくても、動くところまで到達させる。構想段階で止まった検討は、社内の熱量を生みません。一つでも動くものができれば、それが次の起点になります。
まとめ: 進んでいないことは、悪い知らせではない
40名・30社台後半への聞き取りから見えたのは、ホーチミンの日系企業におけるAI活用が、まだ翻訳と調査の段階にとどまっているという事実でした。エージェントによる自動化はほとんど始まっておらず、多くの企業は有料プランの契約すら判断していません。
しかしこれは、悲観すべき話ではないと考えています。手つかずであるということは、着手したときの効果がそのまま残っているということです。すでに全社で活用が進んでいる市場であれば、AIの導入は追いつくための投資になりますが、現在のホーチミンではまだ差をつけるための投資になり得ます。
そして必要なのは、大規模なシステム投資ではありません。毎日誰かが手で転記している一つの工程を見つけ、それを自動化してみること。参加者の方がZaloの報告収集を自作されたように、出発点はその程度の大きさで十分です。伸びしろしかない、というのはそういう意味です。
「にいろ式ホーチミンAI活用会」では、実際に動くものを持ち寄って、その場で触ることを大切にしています。設立の経緯や会の進め方については、「にいろ式ホーチミンAI活用会」設立と第1回開催レポートもあわせてご覧ください。
よくある質問
にいろ式ホーチミンAI活用会 ― 誰でもウェルカム
ホーチミンで、動くものを一緒に作ってみませんか
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